長期療養中の子どもが経験する「喪失感」や「抑うつ気分」への寄り添い方
はじめに:長期療養と子どもの心の変化
長期にわたる病気の療養は、子どもの身体だけでなく心にも大きな影響を及ぼします。特に、病気によってこれまで当たり前だった生活が制限されることで、「喪失感」や「抑うつ気分」を経験することは少なくありません。これらの感情は子どもの発達段階によって異なる形で表れるため、保護者がその兆候を理解し、適切なサポートを提供することが重要です。
この情報では、子どもたちが経験する喪失感や抑うつ気分の具体的な表れ方、保護者が実践できる具体的なサポート方法、そして保護者自身の心のケアについても解説します。
喪失感とは何か:長期療養中の子どもが感じる多様な「失う」体験
喪失感とは、大切なものを失ったときに感じる悲しみや虚しさ、絶望感などの複合的な感情を指します。長期療養中の子どもたちは、身体的な健康だけでなく、多様な「失う」体験をします。
子どもたちが経験する具体的な喪失体験の例
- 身体機能の喪失: 病気や治療によって、自由に体を動かせなくなる、痛みがある、特定の身体機能が低下するなど。
- 自由な時間・活動の喪失: 遊びやスポーツ、趣味など、病気の前は当たり前だった活動ができなくなる。
- 社会的なつながりの喪失: 学校に行けない、友達と遊べない、イベントに参加できないなど、同世代との交流機会が減少する。
- 自己肯定感の喪失: 病気であることによって、自分自身に自信を持てなくなる、劣等感を抱く。
- 未来への希望の喪失: 病気が続くことによって、将来の夢や計画が見通せなくなる。
発達段階による喪失感の表れ方
喪失感の表現方法は、子どもの年齢や発達段階によって異なります。
- 幼少期(乳幼児期〜学童期前半): 言葉で表現することが難しいため、不機嫌、食欲不振、睡眠障害、おねしょ、身体の痛みや不調の訴え(心因性のものも含む)、親への過度な甘えや分離不安として現れることがあります。
- 学童期(学童期後半): 怒りっぽくなる、反抗的になる、引きこもりがちになる、集中力が続かない、学業成績の低下、友達とのトラブルが増えるなどの形で現れることがあります。また、自分の病気を恥じたり、隠そうとしたりすることもあります。
- 思春期: 感情の起伏が激しくなる、自暴自棄な言動、無気力、絶望感を訴える、自傷行為や死への言及など、より深刻な形で現れる可能性があります。自己同一性の確立が重要な時期であるため、病気がそのプロセスに大きな影響を与えます。
抑うつ気分とは何か:見過ごされがちな心のサイン
抑うつ気分は、単なる一時的な落ち込みとは異なり、精神的なエネルギーの低下や興味の喪失が持続する状態を指します。病気によるストレスや喪失体験が重なることで、抑うつ状態に陥るリスクが高まります。
抑うつ気分の具体的な兆候
以下のような兆候が2週間以上続き、日常生活に支障をきたしている場合は、抑うつ気分が疑われます。
- 気分の落ち込み: ほとんど毎日、憂うつな気分が続く。
- 興味・関心の喪失: 以前楽しんでいた活動に興味を示さなくなる。
- 食欲の変化: 食欲不振や過食、体重の増減。
- 睡眠の変化: 不眠や過眠。
- 活動性の変化: 疲れやすく、気力がない、動きが遅くなる、または落ち着きがなくそわそわする。
- 集中力の低下: 物事に集中できない、決断ができない。
- 自己評価の低下: 自分を責める、自信がない、無価値だと感じる。
- 希死念慮: 死について考える、または自傷行為を試みる。
親ができる具体的なサポート:寄り添いと理解の姿勢
子どもが喪失感や抑うつ気分を経験している際、保護者からの適切なサポートは回復に大きく貢献します。
1. 子どもの感情を受け止める傾聴の姿勢
子どもの感情を否定せず、ありのままを受け止めることが最も重要です。「そんなことを言わないの」「気にしすぎ」といった言葉は避け、「つらい気持ちを話してくれてありがとう」「よく頑張っているね」といった共感を示す言葉をかけます。子どもが話したがらない場合は、無理に聞き出そうとせず、いつでも話を聞く準備があることを伝えます。
2. 小さな喜びや達成感を共有する
病気による制限がある中でも、日常生活の中に小さな楽しみや達成感を見つける手助けをします。例えば、ベッドの上でできる簡単なゲーム、本を読む、絵を描くなど、子どもが「できた」と感じられる経験を増やすことが、自己肯定感を育むことに繋がります。
3. 選択の機会を提供する
病気によって多くのことを決定される状況では、子どもは無力感を感じやすくなります。可能な範囲で、子ども自身に選択する機会を提供します。例えば、食事のメニュー、着る服、テレビ番組、一日の過ごし方の一部など、小さなことでも自分で決める経験は、自己決定感を育み、自立心を促します。
4. 病気以外の興味関心を尊重する
病気が子どものアイデンティティの中心にならないよう、病気以外の興味や関心を積極的にサポートします。例えば、好きなキャラクター、特定の科目、趣味など、子どもが「自分らしさ」を感じられる時間を持つことは、心のバランスを保つ上で重要です。
5. 専門家との連携を促す
子どもが強い喪失感や抑うつ気分を示し、家庭内でのサポートが困難な場合は、躊躇せずに専門家の助けを求めます。小児科医、精神科医、臨床心理士、ソーシャルワーカー、スクールカウンセラーなど、子どもの心の問題を専門とする機関や人材との連携を図ることが重要です。特に思春期の子どもには、親以外の大人と話すことが有効な場合もあります。
親自身の心のケア:看病疲れとストレスへの対処
子どもの長期療養は、保護者にとっても大きな精神的、身体的負担を伴います。親自身の心が疲弊していると、子どもへの適切なサポートも難しくなります。
1. 自身の感情を認識し、対処する
親もまた、子どもの病気に対して悲しみ、怒り、不安、罪悪感など様々な感情を抱きます。これらの感情を抑え込むのではなく、認識し、受け止めることが大切です。日記を書く、信頼できる人に話すなどの方法で感情を表現する機会を持ちます。
2. サポート資源を活用する
家族、友人、病気の親の会、地域の子育て支援センター、カウンセリングなど、利用できるサポート資源を積極的に活用します。一人で抱え込まず、助けを求めることは決して弱さではありません。
3. 休息や趣味の時間を確保する
短時間でも良いので、リラックスできる時間や、自分のための趣味の時間を持つことが重要です。心身の回復には十分な休息が不可欠であり、親自身が心身ともに健康であることが、子どもを支える基盤となります。
まとめ:長期的な視点での心のサポート
長期療養中の子どもが経験する喪失感や抑うつ気分へのサポートは、一朝一夕で解決するものではありません。保護者には、子どもの心の変化に敏感になり、辛抱強く寄り添う姿勢が求められます。
具体的なサポートを継続しながら、必要に応じて専門家の助言を求め、何よりも保護者自身の心身の健康も大切にしてください。子どもが病気と向き合い、自分らしい人生を送れるよう、長期的な視点で心のサポートを続けていくことが、最終的には親子双方の心の安定へと繋がります。